ふわり ふわり ひらり
終わりと始まりの花が 宙を舞う
花見酒
満開に咲き誇った桜。ときおり吹く風に踊るように、花びらが舞う。
ここはキノコ王国の端っこ。マリオとルイージの住む、たいして大きく無い家だ。
少し早咲きの桜の下、玄関の階段に見慣れた赤と緑が座っていた。
「やっぱ桜綺麗だなー」
「そうだね。それに今年はちゃんと二人で花見できたしね」
「うんうん。いつもは冒険行ってたりしていなかったりする事が多いもんなぁ」
彼らの傍らには、ルイージの作ったサンドイッチに二つの缶。
どうやらお酒らしく、二人の顔はこころなしか少し赤い。
「ん? あっちから歩いてくるのは……」
「あ、ワルイージ。それにワリオ」
「よお。こりゃまた今年も見事なもんだな」
「酒買ってきたぜ、ワルイージの金でな」
街の方から並んで歩いてきたのは、マリオ達とはまた違う有名なでこぼこコンビ、ワリオとワルイージだ。
ワリオがお酒の入った袋を片手で挙げて示す。
その横で、ワルイージも同様の大きな袋を片手にぶら下げている。
「ワリオのやつ、自分のお金はびた一文出さねぇんだよ。一気に金が飛んでいきやがった」
「お前も災難だな」
「ワリオとコンビ組んだ時点で、運のツキだね」
「まったくだ」
「おいおい、そんなことより。おら!」
二人の許可も無く同じように階段の上段に座ったワリオが、三人の前に酒缶を置く。そして自分の前には日本酒の一升瓶。
「あ?」
「えぇ〜、またやるの?」
「今年こそは負けねぇぞ、覚悟しとけ」
「何呆けた顔してんだよマリオ。花見といったらやることは決まってんだろ。飲み比べだよ飲み比べ」
さっさと持参したコップに、日本酒をなみなみと注いでいくワリオ。
しぶしぶといった表情で酒缶に手をかけたルイージに、マリオが慌てた。
「お、おいおいルイージ、やめとけって! お前弱いだろ!」
「そうなんだけど……、なんていうか、毎年恒例みたいになっちゃってるから」
「わざわざこのために買ってきたんだぞ。強制参加だ」
「何だマリオ? お前実はすっごく弱くて恥ずかしいから参加しないってか? なんだったら缶ジュースも買ってきてあるから、お子様はそっちにしとくか?」
「あ゛?」
ニヤニヤしたワリオの挑発的な言葉に、ルイージを止めに入っていたマリオが勢いよく振り返る。
そして目の前にあった缶チューハイをワリオに投げつけた。
「ふざけた事言ってんじゃねぇぞ。チューハイなんてまどろっこしい、そっちよこせ」
「そうこねぇとな」
「あわわ、兄さん大丈夫? ワリオ、兄さんと同じくらい飲むよ?」
「他人の心配なんかしてる場合か? そら行くぞ!」
ワルイージの掛け声に、四人とも酒を手にする。
「一杯!」
マリオとワリオはコップに入った日本酒を、ルイージとワルイージは缶チューハイを一気にあおる。
さすがにまだ一杯目ということもあって、誰にも変化は現れない。
「二杯!」
異常なし。
「三杯!」
これも異常なし。
「四杯!」
と、ここでワルイージの顔が急に赤くなってきた。だが、他の三人はまだ気付かない。
「五杯!」
五杯目をあおったところで、ワルイージがふらぁ〜っと後ろに傾く。
どさっと倒れたワルイージに、ルイージが慌てて駆け寄った。
「あわわ。大丈夫ワルイージ!?」
「うぅ、悔しいけどまた負へらあぁ……」
「弱っ! いくらなんでも弱すぎだろ!!」
「こいつはいつもこんなんだぞ。おら、それより次行くぞ次!」
倒れたワルイージを放置して、ワリオが早くも次の酒を手に、先を促した。
「はわぁあぁ〜、にいさぁん。あそこ、たくさんちょうちょが飛んでるよぉ」
「違う違う、あれは蝶じゃなくて桜の花びらだ。あんま歩き回るんじゃない! ここで寝てろ!」
「ふぁああぁ〜い」
顔を真っ赤にして、目が半分になったルイージが、マリオの膝の上に乗っかる。
そのまま、すぅすぅと寝息を立て始めた。
缶チューハイ20杯目にして、ルイージがダウン。
ふらふらと意味不明な事を言い始めたルイージを肴に、何杯目になるかわからない日本酒をマリオとワリオが傾けていた。
ワルイージはというと、先程歩き回るルイージに腹を蹴られてしまい、トイレへ向かったまま出てこない。
「あーぁ、こんなところで寝やがって。うわ! よだれ垂らしやがったこいつ!」
「……膝枕たぁ、とんだ仲良し兄弟だなお前ら」
「膝枕って言うのかこれ?」
階段に腰掛けているマリオの膝の上に、ルイージが腹ばいになって寝ている。
大変寝難そうな体勢なのだが、本人はすごく幸せそうな顔でよだれを垂らしているので平気そうだ。
「それにしても、お前も結構いける口だな」
「これが普通なんだと思ってたけど、オレって結構強い方だったんだな」
「強い方ってか、かなり強いぜ。お、もう入ってねぇや。そっちよこせ」
「もういい加減にしろ。ドクターストップだ」
新しい一升瓶を開けようとするワリオの手から、マリオが瓶とコップをひったくる。
二人の周りには、空になった一升瓶が四つ。一人当たり二本ずつ飲んでいた。
「何がドクターストップだ! ヤブ医者のクセに!」
「ヤブじゃねぇ! 免許持って無いだけだ!」
「そういうのをヤブって言うんだろ!」
膝にいるルイージを落とさないように注意しているマリオから、ワリオが一升瓶を奪おうと奮闘している。
と、城に続く森の中から一つ、ガサッと物音が聞こえた。
「マリオ!」
「は、はいっ!」
ゴツッ
「うわ、痛そうな音だな」
聞き慣れたその声に、マリオが勢いよく立ち上がる。
膝で寝ていたルイージが、その拍子に痛そうな音を立てて落ちた。
二人が森へ目を向けると、そこにはピンクの傘を手に、金色の髪をポニーテールにしているピーチ姫。
マリオは階段に落ちたルイージを放置して、何事かとピーチ姫のもとまでひと飛びした。
「ひ、姫!? 何かありました、か、あれ……?」
「ま、マリオ!?」
ピーチ姫のもとに華麗に着地、したはずだった。
が、姫の方へ一歩踏み出すと同時に、足が絡まり顔から地面に突っ込んでしまった。
突然倒れてしまったマリオにピーチ姫が駆け寄る。
「どうしたの、……お酒臭い!」
「あ、ははは。す、すいません。ちょっと飲みすぎてしまって」
「もう! せっかくキノピオにお花見してるって聞いたから、抜けてきたのに」
腰に手を当てピーチ姫が文句を言う。
そういえば、いつも周りにいるキノじいやキノピオが見えない。
と、ここでワリオが、げっそりしたワルイージと未開封の一升瓶を持って横を走っていった。
「飲み比べはオレ様の勝ちだなマリオ! このお酒は貰っていくぜ!」
「うぅうぅぅ」
「あ、こら! 今日はもうこれ以上飲むんじゃないぞ! あとワルイージも、帰ったら寝せとけ!」
「気が向いたらな!」
そのまま、マリオの言葉に片手を挙げて返事をして走り去った。
マリオはため息をつきながら立ち上がる。が、またもバランスを崩して倒れそうになった。
慌ててピーチがマリオを支える。
「もう、大丈夫?」
「す、すみません姫。自分で歩けますんで」
「嘘つき。さっきからフラフラじゃない。さ、あっちで花見やりましょ」
ふらつくマリオを支えながら、再び階段の方へと歩き出す。
階段では、先程頭を打ったはずのルイージが相変わらず健やかな顔で寝ていた。
何だかよく分からない寝言を言っているルイージの下の段に二人は座る。
「でもオレはもうお酒は」
「私が持ってきたのは、温かい紅茶と私が焼いたクッキーよ」
「いただきます!」
ピーチが持ってきたバスケットから、水筒が出される。クッキーのいい匂いも漂ってきた。
新しいコップに、紅茶を入れる。その中に桜の花びらが一枚、舞い落ちた。
「あら、風情あるわね」
「BGMがルイージの寝言なのが残念ですけど」
二人で顔をあわせながら、小さく笑った。
ふわり ふわり ひらり
絶えまなく舞うさくらが、そんな三人を包み込んでいた。
fin.
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