たとえばこんな




『はじめまして』







 はじめましての思い出
            Side-M








 始まりは、紛れもなく一目惚れだった。








「ど、どいてどいてっ!!」

「ん? ……うわっ!」




 一仕事終えて、帰ろうとその場を立ったと同時に、曲がり角から人が飛び出してきた。

 当然の如くオレとその人は、正面衝突を果たした。




「っててて……」

「いたた……」




 地面に思いっきりぶつけてしまった特徴的な鼻を抑えながら、オレは相手に見とれてしまった。

 自分より少しだけ年下なのだろう。纏っている空気には、あどけなさが残っていた。

 春の空のような薄く透き通った蒼の瞳に、ポニーテールにされた見事な金髪。

 そして何より、端整美麗で、強い意志を宿した顔。

 その一瞬で、オレはその少女の全てに惹かれてしまった。

 ぶつかった事に対する文句を言うことも忘れて、オレは不躾にもその姿をまじまじと見つめていた。




「……あぁ! 見つかっちゃう!!」

「いたぞ!!」




 その少女は飛び上がると、オレの事などいないかのように無視して、その場を立ち去ろうとした。

 だが、その目の前に数人のキノピオが立ちふさがる。

 そのキノピオ達は、一目で高いと分かる上等な服を着ていた。




「さぁ! おとなしく来てください!!」

「いやよ! 絶対行かないんだから!!」




 その場に漂うただならぬ空気に、たまたまその場に居合わせただけのオレはたじろいでしまう。

 とりあえず、少女のほうが嫌がってるのは分かった。

 その時のオレは、きっと熱に犯されていたに違いない。

 無意識に、自分でも驚くような行動をとっていた。




「おい、嫌がってるだろ! やめろよ!!」

「「!?」」




 半ば当然のように、少女を庇うようにしてキノピオ達の前に立ちふさがった。

 それまで眼中に無かった男の突然の行動に、キノピオ達だけでなく自分自身が驚いていた。

 なんでこんなことしてるんだ。

 頭の片隅に浮かぶ呆れた呟きを完全に無視して、オレはその少女の手を握った。

 驚いている少女にささやくように呟く。




「……ひとまず、ここは逃げるぞ」




 少女の答えも聞かずに、その華奢な手を引き、思いっきり引き倒す。

 体勢を崩した彼女を、もう一方の片手で受け止める。お姫様抱っこだ。

 その格好のまま、一瞬だけ腰を低く落とす。




「しっかりつかまってろよ」




 オレは一言だけ少女に告げて、両足に力を入れる。

 人外の跳躍で、その場を離れた。




「ひ……、じゃなかった、お嬢様っ! お嬢様ー!!」

(お嬢様……?)












「……まぁ、こんなもんだろ。ほら」




 少しばかり人通りの少ない場所で足を止め、抱えていた少女をその場に下ろした。

 意外にも軽やかに降りたった彼女は、その綺麗な髪を翻してオレ振り返る。

 整った唇からは、予想外の言葉が放たれた。




「……あなた、馬鹿?」

「はぁっ!?」

「こんなことして……、キノじい達が黙ってないわよ」




 頭の隅でそうだよなぁと同意しかける声は、とりあえず無視することにする。

 突然の暴言を浴びせた彼女は、オレへの興味がなくなったのか辺りに目をめぐらしていた。




「お前な、人がせっかく助けてやったのに……っ」

「頼んだ覚えは無いわ。それより、今日は何かのお祭りなの?」




 彼女が目線をめぐらしているところには、たくさんの出店が立ち並び、お祭り特有の喧騒が響いている。

 ここは道を一本外れた場所にあるのだが、先ほど屋根の上を跳んでいた時にでも気付いたのだろう。




「……何の祭りって、明日城のお姫さんのお披露目だろ。それの前夜祭だよ」




 この国ではどういうシステムなのか、王の娘達は16歳の誕生日までは一切城の外には出さないで、
国民の目に触れさせずに育てるのだという。

 そうして、16の誕生日にお披露目するということが昔から続いていたらしいが、正直自分には関係ない。

 誰が国のトップに立とうと自分達の生活は変わらないし、たんにお祭り騒ぎがしたいだけというのが本音だ。

 何故か複雑な表情を浮かべた少女を見ながら、浮かんだ疑問を口にする。




「……お前、さっきのキノピオ達といい、どっか貴族のお嬢様なんだろ? なんで知らないんだよ」

「う、うるさいわね! ……それより、あなた。私にお祭りを案内しなさい」

「はっ!?」




 言うが早いか、彼女は既に人込みへと足を向けていた。

 ほっておく訳にも行かず、慌てて後に付いてく。




「ちょっ、なんなんだよもう! ……迷子になるぞ!!」












 それからしばらくは二人で様々な出店を廻っていた。

 初めに寄った焼きソバの出店で、一番大きな通貨を出すという非常識なことをしていた辺り、お嬢様なんだなと思ったが、金魚すくいで金魚を取ってあげた時は、不本意にもその笑顔に見とれてしまった。

 ある程度廻ると、彼女は歩き慣れてないのか疲れて座り込んでしまった。




「これくらいでへこたれるなよ」

「うるさいわね……」

「なんか飲み物買ってくるから、動くんじゃないぞ。迷子になるからな」




 また何か文句を言っているが、適当に受け流して飲み物を売っている出店へ向かう。

 確か、少し離れた所で売っていたはずだ。




(……何やってんだろ、オレ)




 財布片手に歩いていて、ふと思った。

 家にはさっき連絡を入れておいたとはいえ、少し落ち込んで聞こえた弟の声に罪悪感を覚えた。

 正直、性格は別にして、あんな綺麗な子とお祭りを廻るなんて夢のようだったが、面倒なことになる前に家まで送って帰ろう。

 炭酸飲料を二つ手にして戻ると、そこに彼女の姿はなかった。




「おいおい、動くなって言ったのに……。帰ったのか?」




 だが、あんなに疲れていたのだ。さっきのキノピオ達の事もあるし、一人で帰るなんて事はしないはずだ。

 そんなことを考えてると、裏の道から小さく女の声が聞こえた。

 人気が少なくなっているその道からは、他にも数人の男達の声が聞こえていた。そうとなれば決まっている。




「ったく、冗談じゃないぞ!」




 声のする方へ走っていくと、案の定、彼女が数人の柄の悪そうな男、というか亀にからまれていた。

 中には小振りのハンマーを持っている亀もいる。物騒だ。




「御付の者もつけずに歩くなんて、随分と余裕でいらっしゃるんですねぇ?」

「な、なによ!」

「さぁ、ついてきてもらいますぜ! あなたさえこっちにいれば、この国の侵略なんて簡単……」

「随分と物騒な話をしてるんだな」




 柄の悪そうなパタパタが、驚いてこっちを振り返る。が、振り返った直後にオレに蹴り飛ばされることになった。

 右足を軸に左足で蹴り飛ばしたあと、流れるように左足に重心を置き、もう一匹に右足で回し蹴りを放った。




「お、お前、誰だ!!」

「マリオ=グランカート! 知らないなんて、やっぱよそモンだろてめぇ」




 最後に残ったハンマーを持った亀を、軽く睨みつけるようにして言う。

 自分よりも身長が高いこともむかつくので、八つ当たり気味に左足での蹴りをお見舞いすることにする。




「この辺りでの弱いものいじめは、オレが認めねぇぞ!!」

「ぬかせっ! これでも喰らえっ!!」




 勢いの付いた左足に向かって、手にしたハンマーを思いっきり振り落とす。

 今更避ける事も出来ずに、ハンマーはオレの脛、いわゆる弁慶の泣き所にヒットした。




「いってぇええぇえ!」

「一般人が我らに逆らうからこういう目に遭うのだ!」

「てっめぇ〜……! もう許さねぇぞ!!」




 左足を抱えてうずくまったオレは、右掌にこぶし大の炎を出現させる。




「へっ?」

「喰らえっ……ファイアボール!!」

「ぅあっちゃぁっ!!」




 ボールが跳ねるようにして、火の玉が亀の尻尾辺りに乗り移る。もちろん熱い。

 手にしたハンマーをほおり出して、近くの川へと走っていった。




「いってぇー……。あいつ、思いっきり殴りやがって……」

「あ……、だ、大丈夫っ!?」




 一連の出来事の中心である少女は、地面にへたり込んで一部始終を見ていた。

 オレが目にうっすら涙を浮かべて蹲ってるのを見ると、慌てて駆け寄ってくる。

 オーバーオールを捲りあげると、左足の脛が少しだけ腫れていた。

 折れてはいないだろうが、冷やして安静にしておくに限る。

 とりあえず移動しようと立ち上がると、左足に鋭い痛みが走った。




「っつ……!!」

「と、とりあえずこれ!」




 バランスを崩して倒れてしまったオレに、少女は戦闘中にほおり出した炭酸飲料を差し出す。

 それらは少しぬるくなってしまったとはいえ、患部には十分冷たく感じられた。




「……私のせいで、ごめんなさい」




 小さく、ぽつりと少女が言った。

 彼女の方を振り向くと、俯きがちに俺の怪我した足を見ていた。




「私のせいでこんな事に巻き込んでしまって、怪我までさせちゃって……」

「……馬鹿だな、違うだろ」




 オレの一言に、少女が顔を上げる。

 何が違うのか分からないという顔をしていた。

 そんな彼女に、オレはつとめて優しく話しかける。




「……オレが勝手に首突っ込んだんだ。あんたのせいじゃないよ」

「でも……」

「それに、助けてもらったら『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』だ」




 何処となく元気がなくなった少女の頭を撫でながら、オレは言った。

 初めて触れる女性の髪は、自分のとは違ってとてもさらさらしている。




「そういや、お前、家どこだ? こんな日は物騒だからな。送るぞ」

「嫌よ。……帰りたくない」

「嫌ってなぁ;」

「……外に出ることも許してもらえなくて、たまにお忍びで町に出ても、どこに行くにも付き人が付いてくるし」

「……」

「従者はたくさんいるのに、友達と呼べるような人はほとんどいない。もう、こんな生活嫌よ!」




 俯いた彼女の目には、じわじわと涙が溜まっていく。

 頬に一筋だけ跡を残して落ちる涙は、不謹慎ながら綺麗だと感じてしまった。

 それでも、先ほど見た笑顔の方が何倍も良かったので、惜しいと思いながらも涙を指先で優しく拭ってやる。




「……なら、オレを呼べよ。友達なんて到底言えやしないだろうけど、呼べばすぐに飛んでいってやるから」

「……え?」

「オレを呼べば、何処にいても必ず駆けつけてやる。……そういや、今更だけど、自己紹介まだだったな。オレはマリオ。マリオ=グランカートだ」

「あ……、私は」

「いたぞ! こっちだ!!」




 突如二人だけの時間を切り裂く声。

 この声は、初めに少女を追いかけていたキノピオ達のものだ。

 二人はその場を離れようと立ち上がる。

 だが、痛めていた左足に激痛が走り、オレは地面に倒れこんだ。




「ちょっ、大丈夫っ!?」

「っつ……!」

「よ、よく分からないけど、かかれー!!」




 その場にいたキノピオ達が、一斉にオレに馬乗りになってくる。

 それぞれの攻撃はたいしたこと無いのだが、木の棒やら何やらでオレのことをボカスカと殴ってくるので、さっきの亀よりもたちが悪い。

 しかもそれがたくさんいるのだから、下に押し潰されたオレとしてはどうしようもなかった。




「いてっ、いてぇって! オイこら、痛っ!!」

「気絶させて連れて行くのじゃ! 何の目的で近づいたのか吐かせい!!」

「やめてっ、ねぇ! ……やめなさいっ! 私の命令が聞けないのですかっ!?」




 しわがれた声の物騒な言葉に、少女が声を荒げて言った。

 突然の彼女の高圧的な言葉に、キノピオ達の攻撃がピタッと止まる。

 だが、時既に遅し。一匹のキノピオが放った最後の一撃が、オレの頭にクリーンヒットしていた。




「ですが、この者は……!」

「その者には私のわがままに付き合ってもらっただけです。害は無いから捨て置きなさい」




 一気にフェードアウトする意識の中で、こんな言葉を確かに聞いた。

 耳元で、小さく響く彼女の声は、到底忘れられないだろう。




「私はピーチよ。……ありがとう、マリオ」














「で、足と頭を怪我した挙句に、放置されて朝帰り? 兄さん馬鹿じゃないの?」

「馬鹿じゃないっ! 人助けだ人助け! 人助けのどこが悪い!」




 呆れた風に言うルイージに向かって、頭と足に氷嚢を置いたマリオが言う。

 足はもちろん、キノピオに殴られた頭にもばっちりとたんこぶが出来ていた。

 ぬるくなった氷嚢に新しい氷を入れたルイージは、マリオが占領しているソファから少し離れたテーブルの椅子に座る。




「別に悪いとは言わないけど、兄さんは無茶ばっかりするんだからほどほどにしなよ。いつか本当に大怪我するよ?」

「うるせぇ」




 ぶすっとしながらも、マリオの目線はどこか遠い。

 あの子可愛かったなぁとか呟いているマリオを無視して、ルイージはテレビへと向かう。

 確かそろそろ、お姫様のお披露目が始まるはずだ。




「ほら兄さん、テレビ中継始まるよ」

「ふぅん、あっそ」




 生返事ばかりのマリオに呆れながらテレビをつけると、ちょうど執事の演説が終わったところのようだ。

 このキノピオのおじいさんの話は長いことで有名だから、本当にタイミングがいい。

 たくさんの歓声の中、カメラが高いところにある城のテラスへと向けられた。

 どうやら、問題のお姫様が登場するらしい。




『亡き国王様の一人娘、このキノコ王国の新しい君主となられます、ピーチ姫、ピーチ=トードストール姫様のご登場です!!』

「……ピーチ、姫? ピーチ=トードストールゥウウゥッ!?」

「うわっ!」




 テレビの前を陣取っていたルイージを飛ばして、マリオがテレビに張り付く。

 柔らかなピンクのドレスに身を包み、春の透き通った空を宿した青の瞳に、ふわりと下ろされた見事な金髪。

 端整美麗で強い意志を宿した横顔も、ひどく綺麗な涙や、無邪気でとびきりの笑顔を作れると教えてくれた。

 姫として城のテラスで国民に手を振っている年端もいかない少女は、紛れもなく昨日逢った『ピーチ』だった。




「マジかよ……」

「うぅ、兄さん酷いや。何なのさ、もう!」

「……貴族どころか、お姫様だと。ははは、……笑えねぇ」




 あんな事言って、不敬罪とかで逮捕されたりして。仰向けに寝転がってそんなことを考える。




……それでも、あのお姫様は、彼女はオレの事を呼んでくれるだろうか。




 それだけ思って、目を閉じた。







 オレと彼女と、ルイージと馬鹿でかい亀が一緒にいる夢を見た気がした。










fin.





「人に何かしてもらったら、ごめんじゃなくてありがとうと」

ずっと昔に考えたネタで、突然思い出したのでカキカキ。でも元ネタは覚えて無いです(笑
確か姫と庶民男児の話だったはず。
最初、ピーチに偽名使わせるつもりだったんですが面倒臭くなりました(笑
この話で、ピーチがなんで町にいたかというと、わがまま言って最後のお忍びに出かけてました。
隙見て逃げようとしたところに運命の出会いが!となったつもりです(笑
完全妄想で、公式じゃありませんのであしからず。
  


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