「ごめんな、ルイージ。ごめん」






そう言って、兄さんは僕を一人ぼっちにした。








 眩暈
    






 あぁ、最悪だ。




 夜もとうに更けた、真っ暗な夜。

 キャンドルを一つだけ灯したリビングでひとり、ルイージがソファの上で体操座りをしていた。

 手にしたホットミルクと、頭からかぶった毛布で暖をとっている。

 自分しかいない、しんと静まった空間に、先ほどの夢を思い出してしまって、にじんだ涙をそっとぬぐう。

 ふと、隣の部屋から人の動く気配を感じた。




「うー、トイレトイ……ルイージ?」

「兄さん」

「なんだ、こんな時間まで起きてたのか?」

「違うよ。その、ちょっと怖い夢を見ちゃってさ……」

「ふぅーん……」




 寝ぼけ眼のまま、それだけ言ってトイレに向かった。

 ほんの数分も経たずに水の流れる音がして、マリオが出てくる。




「それで? 今度はどんな夢を見たんだ?」

「それより兄さん、ちゃんと手洗った? それで頭撫でるのやめてね」

「……」




 伸ばしかけた手が、ピタリと止まる。

 無言で流しへ行き、じゃぶじゃぶと手を洗ったあと、改めてルイージの前に立った。

 洗いたての冷たい手にドキリとしながらも、頭を撫でられるがままに口を開く。




「……なんでもないよ。大丈夫」

「……本当か?」

「うん。兄さんもいるし、もう平気」




 作り笑いを浮かべるルイージの目に、マリオは光る物を見つけた。

 その暗い眼と、今しがた自分が見た夢から、

 それがどんな夢だったのか、大体の察しはついた。




「大丈夫だよ、ルイージ。大丈夫大丈夫」




 ポンポンと頭をなでて、ルイージの座っているソファに横になる。

 兄を見て、「大丈夫」と自分に言い聞かせながら、
 それでもやはり不安は拭いきれなかった。


 「冒険になんか行かないで」と言えたら、どんなに良かっただろう。

 けれども。世界を愛し、世界に愛されるこのヒーローは、きっと聞いてくれないだろう。




「……今度は、僕も連れて行ってね」

「……おう」




 隣に確かに感じる体温に、今はただそれしか言えなくて。

 怖い怖い悪魔が、兄さんを連れて行きませんようにと、必死に願うしかできないんだ。

















 なのに



 なんでオレは、こんな真っ白な世界を一人で走っている?




 速まる鼓動は、走っているせいだろうか。

 せわしなく動く目線は、何を探している?

 どうして誰も、いないんだ。




 崩壊してしまった後の白だけの世界で、黒い影が一つ走り続けていた。

 Mr.Lだ。




 世界崩壊の時、あいつは確かにここにいたはずだ。

 何処にいる? どうして何もないんだ!?

 荒い息使いだけが、響くことなく消えていく。足音すら聞こえない世界。

 ただただ真っ白な空間が広がっているだけ。




「う、ぁ……っ!」




 無情に転がる世界の残骸に足を取られ、派手に転んだ。

 地面に伏したまま、悔しさともどかしさに地を掻く。




「……兄っ、さ」

「ンッフッフ〜♪」




 突然聞こえたその声に、ハッと顔を上げると、すぐ目の前にディメーンの顔があった。




「うっ、うわああああああ!!?」

「失礼だねぇ〜エリリン。人の顔見て叫ぶなんて。この怖がりさん♪」

「怖がりさん♪じゃねぇ! いきなり目の前に居たら驚くのが当たり前だろ!!」

「ンッフッフ〜♪」




 たたんっと後ろに飛び退り、バクバクと鳴っている胸を抑えた。本当、心臓に悪い。

 そんなMr.Lを面白そうに見ながら、ディメーンはいつもの笑みを浮かべている。




「勇者たちは、無事だよ」

「……ホ、ホントっ!?」

「例のフェアリンが何かしたみたいだよ。よかったね〜♪」

「んなっ! オ、オレは、別に……」

「それにしても、伯爵サマの力は凄いねぇ」




 明らかにほっとしている彼から目を離し、ディメーンは真っ白なこの空間を見上げる。

 Mr.Lも、釣られて上を見上げた。どこまでも抜けるような白。白。白。

 ほんの数時間前まで煩く、騒がしかった世界が、色のない、白だけの世界へと変わってしまった。

 ほっとしたのもつかの間。自分たちしかいない、しんと静まった空間に、寒気と、いつかの恐怖心を思い出す。





「世界を一つ、こんな風にしちゃうんだもの。こんなチカラ、きっとあの勇者でも敵わないだろうねぇ〜♪」

「……っ!」

「ねぇ。もうすぐ、勇者たちがここに来るよ」




 いつもと変わらないディメーンの笑顔に、

 心がざわつくのを、確かに感じた。




「エリリン。キミのブラザーを持ってきたよ。
 赤い奴を倒して、キミが新世界のヒーローになるんだろ?」












「ヨゲン書の力はすごいだろう? ……伯爵が気に入らないものは、こうして全部消え去るんだ」




 そんな言葉しか見つからないんだ。

 だって、なんて言えばいい?




「……悪いことはいわねぇぜ。オマエも消されたくないのなら、伯爵に逆らうのはやめときな」




 どうすれば、止められるのか。分からないんだ。

 卑屈になって、喚いて、そう叫ぶしかできない。


 「一番」を願ったオレは、「ヒーロー」の敵だから。

 だから




「ルイージ」




 泣きそうに笑いながら、赤い奴は手を差し伸べる。

 あぁ、やめてくれ。




「一緒に、帰ろう?」




 お願い。

 こんな「オレ」なんかに、優しくしないでくれ。





















 頬を打つ雨に、目を開けると

 真っ暗な世界の中で、泣いている兄さんがいた。

 身体中が痛いのに、今まで自分が何をしていたのか思い出せない。

 よく見るとすぐ傍にピーチ姫も、クッパも居て、そのほっとした表情に、心配させたことだけはよく分かった。


 たぶん、僕と同じくらい、もしかしたらそれ以上の怪我をしている兄さんに抱きとめられていて、
 それでも、確かに感じる体温に。




「大丈夫だよ、兄さん。大丈夫」




 怖い怖い悪魔が兄さんを連れて行かなかったことに、安堵していた。




end.





是非、鬼/束/ち/○/ろの「眩暈」を聴きながら読んでいただけたら!

もっとちゃんとした小説な感じで書きたかったんですが、
途中からもうただの雰囲気小説になって来ましたね……。
まあ、この曲の私のイメージは大体こんな感じ?ということで、あとは皆様の妄想でどうぞ!(笑

いろんな曲を聴いていると、たまにPV風の映像(?が頭の中で再生されることがありますが、それを小説にするのは、本当に難しい……!




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