悲しい夜には






甘いものや、温かいものを食べよう







 優しい夜に 暖かい夢を








 暗い夜に包まれた屋敷から、一つの小さな影が出てきた。

 それは物静かに、近くで育てている花畑へと向かう。

 そこには、日差しの下で咲き踊ることを夢見て、ひまわりが蕾の状態で並んでいた。

 生き物が眠りについているこの時間には、月光だけがそれらを照らしている。

 少年は、そのひまわりを慈しむ様にして撫でる。

 だがその表情は、どこか寂しさが漂っていた。




「……もうすぐ咲くかな、ひまわり。そしたら、もって行くからね」




 早く咲くようにと、願いを込めながらひまわりに触れる。

 と、突然背後で物音がした。

 少年は肩をすくめながら振り返る。




「ななな、何……?」




 背後には誰もいなかった。

 代わりに、明らかに不自然な段ボールが一つ。

 月明かりの青白い光に照らされ、それは一種異様な風景だった。




「……何してるんですか、スネークさん?」

「……」




 それまで微動だにしなかった段ボールの中から、一人の長身の男が姿を現す。

 彼は所在無さ気に頭を掻いた。




「……見破るとはさすがだな」

「見破られたくないんだったら、段ボール以外のに隠れたらいいと思いますよ」

「段ボールは譲れん」

「……」

「それより、こんな時間にうろついて、お前の方こそ何やってるんだ? リュカ」




 頭から手を下ろして少年、リュカを見つめるスネーク。

 そのまま片手をリュカの頭の上に乗せる。

 リュカは、この大きな手に似た、優しい手を知っていた。

 先ほど見た夢のこともあり、少し恋しく思う。




「子供は寝る時間だろう。暑くなってきたとはいえ、そんな格好でいたら風邪引くぞ」

「……怖い夢を見たんです。寝たらまた見ちゃいそうで……。そんな時は、いつも此処に来るんです」

「どんな夢を見たんだ?」

「それは……」

「話せばいい。嫌な夢は、他の人に話すと良いと以前聞いたぞ」




 至極やさしく、リュカの頭を撫でる。

 見上げると、やっぱりそっくりな顔が目に入った。

 唐突に甘えたくなって、スネークに引っ付いた。




「お?」

「……死んじゃったお母さんと、兄の夢なんです。お母さんの前でお父さんが泣いていて、兄は泣きながら、どっかに行っちゃうんです。夢の中で僕は追いかけるんですけど、全然、追いつけなくて……」

「……」




 スネークは自分の腰辺りにしがみついて、小さく肩を震わせているリュカを見ながら、困惑していた。

 ちょっとしたお節介で、余計なことを聞いてしまった。

 ひとまず頭に置いている手は、そのままにしておこう。

 スネークは、リュカの頭を優しく撫で続ける。




「……好きなだけ、泣け。我慢してると辛くなるぞ」

「はっ、い……っ」

「その後は、ホットミルクでも入れてやろう。まだ遅いし、今度は良い夢が見られるようにな」




 リュカの顔がある部分がじんわりと湿り気を帯びてくる。

 頭だけじゃなくて、背中もさすってあげることにした。










 しばらくして、落ち着いたのかリュカが顔を上げた。

 それを合図に、スネークがリュカの目線に合わせて腰を落とした。

 リュカは目を擦って涙を拭く。




「……スッキリしたか?」

「……はい。なんか、ごめんなさい」

「謝る必要はないさ。さ、屋敷に戻るぞ」




 リュカがこくりと頷くのを待って、二人は歩き出した。

 目指すは食堂。嫌なことがあった日は、温かくて甘い物に限る。

 と、食堂のドアを前にして、スネークはあることに思い至った。




(そういえば、キッチンには入れないんだったな……)




 カービィ・ヨッシー対策に、キッチンへの扉は鍵付だったのを思い出す。

 さて、どうするか。




「あ、あの、スネークさん……」

「む?」

「中に誰か、居るみたいなんですけど……」

「何?」




 壁に手を当てて、耳を澄ます。

 こんな時間にも関わらず、中からはちょっとだけ音が外れた、陽気な鼻歌が聞こえてくる。




「……確かに。踏み込むぞ」

「……え、でもこの声」

「せーの……!」




 リュカの話も聞かずに、スネークは勢いよく食堂のドアを開ける。

 よほど驚いたのか、中にいた人物は過剰な反応を示した。過剰な反応を。




「ひぃいやぁあぁぁあ!!!???」




 手にしていたボールが宙に舞う。

 本人は悲鳴を上げながら、一目散に近くの机の下に隠れた。途中で近くにあった椅子をいくつか倒して。

 頭を抱えて小さく震えながら、リュカとスネークの方を恐々と振り向く。

 すらりとしたひげの先が、同じように小刻みに震えている。




「リュリュリュ、リュカと、スネーク……?」

「ル、ルイージ……?」

「だ、大丈夫ですか?」




 床には、先ほどボールから落ちた野菜が一面に散らばっている。

 恐る恐る這い出てきたルイージの目には、うっすらと涙が光っていた。




「びびびびっくりした……。お化けかと思ったよ……」

「こんな時間に何やってるんだ?」

「明日はカレーにしようと思って、一晩寝かせようと思って準備してたんだよ」

「キッチンじゃなくて、食堂でですか?」




 なるほど、確かに床に散らばった野菜はにんじんやジャガイモ等、カレーに必要な物だ。

 だが、料理の準備なら食堂ではなくキッチンでするべきではないのか。




「キッチンだと、お野菜切るのに狭いんだよ。それより、二人こそこんな時間にどうしたの」

「あぁそうだ。ホットミルク作ってくれないか?」

「いいよ。何人分?」

「そうだな……俺ももらおう。人数分頼む」

「了解」




 ルイージがキッチンへと消える。

 二人は散らばった野菜の回収に取り掛かった。




「ルイージがいてよかった。俺じゃキッチンに入れないからな。……にしても、あの反応は面白かったな」

「驚かせてしまいましたね」




 リュカは少しだけ申し訳ない気持ちになるが、対するスネークはよほど面白かったのか、笑いをこらえている。

 二人が野菜を回収し終えた頃には、キッチンから温かいホットミルクが運ばれてきた。




「あ、二人ともゴメンね。……なんでスネーク笑ってるの」

「いや。それよりも、この野菜大丈夫か?」

「洗ったら大丈夫だよ。はい、リュカ」

「あ、ありがとうございます」




 野菜をキッチンに持っていったルイージを待って、3人が席につく。

 口の中に広がる甘さと暖かさは、胸の奥で小さくかたまっていた寂しさを、ひとときとはいえ、紛らわせてくれるようだった。




「おいしいです……」

「本当? よかった」




 リュカは、笑顔で答えるルイージの顔を見て思う。

 大きくなったら、彼のようになりたいと。

 同じように双子の弟でありながら、自分と違ってしっかりしていて、強い。

 自分もそうだったら、あの時兄を救えただろうか。

 再び涙腺が緩んできて、慌ててホットミルクを口に流し込んでうやむやにした。




「でも、二人が来てくれてよかったぁ。本当はちょっと怖かったんだ」

「ものすごい驚きようだったな、あれは」

「そ、それは、スネークがあんな勢いよく開けたからで……」




 二人の会話が遠くなる。

 ホットミルクで冷えた体が温まったのか、急に眠気が襲ってきた。

 かろうじて残った意識で、手にしたマグカップを机に置く。こぼしてしまわないように。

 口に残った甘い後味のおかげで、悪い夢はもう見ないような気がした。




「……あれ?」




 ルイージが見た時には、半分以下になったホットミルクのマグカップを手に、リュカが頭をこっくりこっくりとしていた。

 時折椅子から落ちそうになり、危なっかしい。




「疲れてたんだね。寝ちゃってる」

「俺が部屋に連れて行こう」

「じゃあ僕は、カレーの続きをしようかな」




 ルイージがリュカの手からマグカップを取り、スネークがリュカを背負う。

 その大きな背中から少し見えるリュカの顔は、良い夢でも見ているのだろうか、どこかうれしそうだ。




「こうして見てると、二人とも親子みたいだね」

「……そうか?」

「うん」




 それに、スネークの方も満更ではなさそうだ。

 いつもより優しい表情でリュカを背負うスネークを見ながら、ルイージは思う。

 一つだけ伸びをする。最後の仕上げに取り掛からなくては。

 どうやら、ホットミルクを飲んだことで、少しだけ怖さが和らいだようだ。




「あとは、カレールーを入れて煮込むだけだー」

「お前もあんまり遅くならないようにな」

「わかったよ。ありがとう」




 二人は笑顔を交わして、それぞれのやる事に向かった。

 この、優しい夜はもう少し続く。月が青く優しく、屋敷を照らしている。





 スネークの背中で寝ていたリュカは、暖かい夢を見ているだろう。






fin.




「辛い時には、甘くてあたたかいものを」

書いてて思ったこと。屋敷外のスネーク、はたから見たら怪しいおじさn(爆
正直あげるか迷いました(笑
元々リュカとルイージ似てるなって思っていたので、もっと二人の絡みを書きたかったです;




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