ごめんなさい 神様





少し、行ってくるだけだから





だから、泣かないでくださいね








 夜蝶
    05





薄暗く、広い空間の中央にある水鏡は一部始終を映していた。




「た、大変だっ…!」




水鏡を覗き込んでいた少年…白い羽が生えている、がうろたえる。

この空間に彼の他は誰もいない。




どうしよう、どうしようっ!?…でも、ボクはパルテナ様の身辺警護を離れられないし…

親衛隊の他のメンバーだと、力量不足だし…。ボクが行ければいいんだけど、でも…




〔ピット〕




少年の背後に親しみ慣れた、けれども何よりも高貴で尊い気配を感じた。

ピットと呼ばれた少年は慌てて振り返り、頭を垂れてひざまずく。




「…お呼びですか、パルテナ様」

〔ピット、地上での不穏な動きはご存知ですか?〕

「はい。先程も、一つの小さな地域が黒い空間に飲まれました」

〔知っているのでしたら、話は早いですね。…あなたに命令を下します。地上へと降り立ち、彼の地の者達の手助けをしなさい〕




その言葉に、ピットは勢いよく顔を上げる。

目の前には、彼の何倍も大きくて美しい女性の姿があった。

身体は光に包まれていて、その美しさは一種、畏怖の念を抱く程だ。




「ですがパルテナ様っ!ボクがあなたの元を離れて、あなたの身に何かあったら…」


〔ピット〕


「っ!」


〔ピット、私なら大丈夫です。…この戦いは大変危険なものになる。

彼の者達でも、苦戦を強いられるでしょう。…彼の者達を、助けてあげてください〕


「……」


〔…あなたは私の親衛隊隊長である前に、一人の天使のはずです。彼の世界に、幸せを与えに行くのです〕




普通、天界の者が地上に関与することはない。

何故なら、神や天使の加護などなくとも彼の世界は規則正しくまわっているからだ。

しかし、女神であるパルテナ様が、天使である自分に地上への関与を訴えている。

…それは、それ相応の事態が起きているということだ。




「…わかりました」




ピットはその場に立ち上がる。

その姿に、神は微笑んだ。

女神・パルテナが前方に手をかざすと、そこに光が集まる。



〔ピット、あなたにこれを授けましょう。私の加護を受けた神弓です。…何かあった時には、必ずやあなたの助けになるはずです〕

「ありがとう御座います。必ず、彼の地の者達に幸福をもたらして見せます」




光の中から生まれた弓、神弓を手に、ピットは再びひざまずき礼を述べた。

そのまま女神に背を向け、水鏡の奥にある扉の前に立つ。

ピットが手を軽く前へ突き出すと、まるで意思を持つかのように扉がひとりでに開いていった。

彼は再び女神を振り返り、神の姿を目に焼き付け、両手を広げた。まるでそれが、一種の儀式であるかのように。


そのまま後ろへと重心をずらす。

扉の向こうには…ただ雲のみが広がっていた。




〔もう一つ、あなたに命令です。…必ず、生きてここへ戻ってくること。私たちを泣かせないことです〕



地に堕ちる前、最後に見た女神の顔は、泣きそうな顔だった。










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